7月10日、新潟縣護國神社にて令和8年 明治大学戦没学徒忠霊殿慰霊祭を執り行いました。
今年はご来賓として下記の皆様のご臨席を賜りました。
学校法人明治大学 理事長 柳谷 孝 様
明治大学校友会 会長代理(相談役) 德丸 平太郎 様
学校法人明治大学 経営企画担当常勤理事 岡田 誠司 様
学校法人明治大学 顧問 長吉 泉 様
学校法人明治大学 校友連携事務長 竹内 亮 様
学校法人明治大学 大学支援事務長 渡 佳和 様
学校法人明治大学 生田学生支援事務長 幕内 達二 様
新潟県総鎮護 新潟縣護國神社 宮司 齋藤 伸男 様
明治大学新潟県父母会会長 曽我 悟 様
明治大学新潟県父母会副会長代理 東宮 ゆみ子 様
今年も真夏日となった慰霊祭。開始前には地元新聞社の取材があり、髙橋前新潟県支部長(昭49商)、長吉顧問がインタビューを受けました。慰霊祭では祝詞に続き、戦没学徒324柱の御霊に対し、謹んで明治大学校歌を三番まで奉納しました。指揮は今年も応援団OB 真柄雄一氏(平3法)が務め、「フレフレ 明治」のエールが高らかに真夏の境内に響き渡りました。その後、参列者全員による玉串拝礼と続き、最後に柳谷理事長よりご挨拶を賜りました。
柳谷理事長は、今年2月、沖縄県糸満市の洞窟の中から発見された明治大学校章の入ったボタンが、当忠霊殿に届いたことに触れ「戦友のみなさんと会うことができ、御霊も安らいでいるのではないか」と述べられ、「令和の時代においても争いが繰り返される中、明治大学は、戦争の悲惨な現実を決して風化させることなく、人類の平和を作っていく大学として、一層発展させる」と誓いを新たにされました。
会場を移して行われた直会では、栗山敏昭 新潟県支部長(昭57 商)の開会挨拶に続き、明治大学校友会 德丸会長代理、新潟縣護國神社 齋藤宮司、学校法人明治大学 長吉顧問よりご挨拶をいただきました。
長吉顧問の献杯のご発声の後しばし懇談。懇談の最中には、髙橋前新潟県支部長より、「沖縄のボタン」の慰霊祭が、4月4日、当忠霊殿で行われた経緯と当日の様子の報告がありました。
締めに当たり、駒形正明 新潟地域支部長(昭52政経)と学校法人明治大学 経営企画担当常勤理事 岡田様による万歳三唱によるエール交換が行われ、佐藤栄一 上越地域支部長(昭48商)の閉会挨拶で終了しました。
【後記】
▼今年2月、沖縄県糸満市にある壕(洞窟)で、遺骨収集ボランティアチームにより明治大学の校章が入ったボタンが発見されました。ボタンの調査の過程で、新潟縣護國神社の明治大学戦没学徒忠霊殿を知り、4月4日、代表の浜田哲二さん・律子さんご夫妻、沖縄県立那覇高校2年・佐和田舞優さん、取材中のNHK沖縄・佐野圭嵩さんが忠霊殿を訪れ、慰霊祭が行われました。私はこの慰霊祭に列席し、佐和田さんへのインタビューでは「同じ学生や友達、知っている顔もいたかもしれない。世間話でもして楽しんでくれたらうれしい」との言葉に胸が熱くなりました▼今年も猛暑となった7月10日の慰霊祭。昨年の【後記】に「7月10日とは、先輩方の「無念」を思い、校歌に歌われる「権利自由」が奪われてはならないと再び思い起こし、世の中を見つめなおす日」と書きました。今年はボタンを目の当たりにしていることもあり、「無念」という言葉がよりリアルに身に染み、改めて7月10日を大切に受け継いでいかなければならないとの思いを強くしました。(杉本記)


