田代和孝氏(新潟放送元専務取締役)が8月27日満88歳で永眠されました。田代さんは新潟を離れ、千葉県柏市で息子さん家族と一緒に暮らしておられました。田代さんが「息子が自分の部屋も作ってくれたので、千葉へ行くことにしたよ」と笑顔で言っておられたのを覚えています。千葉県へ移られてからも当地の校友会の会合にも顔を出しておられたと聞いておりました。
9月4日、5日の通夜、告別式は近親者のみで執り行われましたので、その様子が分かる写真を式場の方から送っていただきました。ここにお知らせいたします。
田代和孝さんは明治大学文学部出身で(昭和34年卒業)、現在の明治大学校友会新潟県支部、ならびに地域支部設立に尽力され、二代目支部長を務められました(2010年度~2014年度)。毎年7月10日に新潟縣護国神社にある「明治大学戦没学徒忠霊殿」で慰霊祭が行われていますが、全国校友新潟大会が開催された2014年9月7日には新潟縣護国神社本殿で慰霊祭が執り行われました。これも田代元支部長をはじめとする当時の役員の皆様の尽力、ならびに新潟縣護国神社様のご配慮のお陰でありました。今でも戦没学徒忠霊殿慰霊祭に参加された全国の校友会役員の方々から、この時に忠霊殿の存在を知り、またその式典に参加して感銘を受けた話をお聞きします。田代さんは千葉へ移られてからも毎年慰霊祭に参加しておられましたが、残念ながらここ数年は体調を崩されて欠席しておられました。母校明治大学をこよなく愛された先輩・田代和孝さん、 心からご冥福をお祈りいたします。